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早苗 sanae

「体験として在る」

なんでもかんでも、人は大人になってしまうと(特にお年を重ねられると)

『そんなん出来ひんよ・・』と

新しくやり始めた人、これからやろうと(体験しようと)楽しみにしている人に向かって、

何も考えず、心ない言葉を浴びせてしまう。

悲しいけど、親や祖父母や学校の先生などなど、、

比較的子供に近い立場の人ほど、知らず知らずにこれをよくやっている傾向があると思う。

私自身も小さな頃からずっと、家族である身近な人たちに、この言葉を浴びせられ続け、辛い辛い経験してきた思い出が数多ある。

言葉を発する本人は、おそらく別に何の悪気もなく、もっと言うと、逆に

「言ってあげてる」「親切で言ってあげてる」

くらいの気持ちで言葉を発しているのかもしれない。

でもそんな人に限って、相手の気持ちまで考える余裕がない。もしくは、そもそも相手のことを思いやる気持ちというものを持つことができない。

というとても残念で気の毒な存在なのだろう。と私は勝手に思うようにしている。

いいじゃない。失敗したって。別にいいじゃない、たとえ良い結果が出なかったって。

そんなことは魂レベルで既にわかっているんだよ。

その子は『ただただ、この世界で失敗を含め、ただただ、全てを自分自身で体験したいだけ』

なのかもしれないじゃない。

失敗を含め。体験したい・・

僕はそれを邪魔したら駄目だと思うよ。

たとえ小さな子供であっても、立派な個人。

親切だと思っている大きなお節介が、その人の将来を潰してしまうことだってあるんだよ。

だから、せめて自分だけは、若いみんなを、輝く原石たちを。

そっとここから見守ろうと心に誓うのであった。

6月4日 夕暮れのイセヒカリの田んぼにて・・

農園主